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2021年3月5日 ゲスト・島敏光(音楽評論家・映画評論家・コメンテーター)


【放送内容】

1966年のビートルズ来日。大熱狂のもと公演は成功、そして当然ながら、4人は日本を去って行く。ファンを襲うビートルズロス。「生の音楽」に目覚めたファンたちの渇望から、「ビートルズのようなバンド」が次々に現れた。やがてそれが<ブーム>になった。

「ビートルズが帰った後の空洞を埋めたのが、『GS』だったんですね」(島敏光)

2020年5月15日の放送分でこう語る島敏光さん、一時期は<カヴァーソング評論家>という肩書も使っていたそう。その島さんに<洋楽カヴァー>という切り口でグループサウンズを解説していただいた。


「それまでポップスというと、例えば『ダイアナ』にしろ『オーキャロル』にしろ『恋の片道切符』にしろ、1曲があって、それを色んな人がカヴァーしていた。歌いたい人はみんな歌っていた。例えば『ダイアナ』は、もちろん山下敬二郎さんが一番有名ですが他にもいろんな人が歌っていた。それどころか当時は、歌う人によって歌詞まで違っていた」(島敏光)

そのような昭和30年代から、40年代に入り、ビートルズブームを迎えると、日本のバンドからも日本語詞によるビートルズナンバーのカヴァーに挑戦した作品が登場する。番組では最初にスリーファンキーズの「抱きしめたい」(日本語詞:漣健児)の出だしの部分、そしてジャッキー吉川とブルーコメッツの「ガール」(日本語詞:片桐和子)をお聴きいただいた。



ビートルズのみならず様々なGSが洋楽カヴァーのシングルをリリースしたが、その中でも特にヒットしたシングル盤がザ・ジャガーズの「キサナドゥーの伝説」(オリジナル:デイブ・ディー・グループ)。ただ島さんによると、このシングル盤は両A面で「キサナドゥー」はB面的な扱いだったのではないかとの事。番組では敢えて「キサナドゥー」ではない方をお聴きいただいた。それが「二人だけの渚」。ポスト・フランス・ギャルとも言われたフレンチアイドル歌手、アニー・フィリップのカヴァーである。



「この辺から昔と違って、この曲はこのグループ、その曲はそのグループという住み分けができて来た。だけど、割と日本語になりづらい。何でかわからないんですけれども。例えばルイジアナ・ママのように、アメリカンポップスはものすごく日本語に乗る。ところがビートルズなどブリティッシュ・ロックになってから、いまいち日本語に乗りづらい」(島敏光)

「しゃれてますからね」(東郷昌和)

「ビートが違うというのかな。そのせいか、だんだんカヴァーが廃れてきた半面、日本人にも『向こうっぽい曲』が作れるじゃないかと。それでオリジナルが出て来始めた。『僕のマリー』とか『エメラルドの伝説』とか。聴く側としては、『紛い物っぽい』と若干退く部分と、『やっぱり日本語だからわかりやすい』といって惹かれる部分と」(島敏光)

男性リスナーはそのようなGSにかなり距離を置いた部分がある一方、女子たちはジャズ喫茶でGSが原語でコピーする英米のロックを、オリジナルを知らないままに聴き憶え、その後オリジナルのプレイヤーに行き着く。

演奏する側は、本来の志向からジャズ喫茶では原語のロックナンバーのコピーが中心になるが、テレビ・ラジオ出演やレコーディングでは原曲コピーは求められない。「本物」を聴けばよい訳だから。メディアでは自分たちのオリジナルや<作家の先生>による作品、ライブでは洋楽コピー。そのような活動を続けるGSや<洋楽っぽい>曲をGSに提供していた作詞家・作曲家がいなかったならば、その後のニューミュージックや現在の日本のポップスも生まれなかったのではないかと島さんは考察する。

「カヴァーポップスの時代はただ日本語にしただけだった。(GSの時代に入って)丁度外国の曲と日本の曲を橋渡ししてくれた、この辺から丁度いい感じにスクランブルしてくれたという事で、このGSの貢献度は結構大きい」(島敏光)

「それまで『歌謡曲』というと演歌チックだったり民謡っぽかったり。それが坂本九さんあたりからポップ色が出て来た。洋楽をカヴァーしているんだけど日本語を乗せて。そこにロックテイストが加わって来てGSブームが来るという。身体で音楽を感じ始めた最初の頃ですよね」(東郷昌和)


【エピソード】

この日の放送のもう一つのテーマは<2020年追悼抄>。2020年はグループサウンズや60年代~70年代に活躍したミュージシャンの訃報が相次いだ年だった。

前述の『ガール』(オリジナル:ザ・ビートルズ)をレコーディングしたジャッキー吉川とブルーコメッツのリーダー・ジャッキー吉川さん。ブームとなった<グループサウンズ>が人気だけでなく世間の反発や批判も受ける中でNHK紅白歌合戦出場、GSとして唯一日本レコード大賞を獲得。更には「エド・サリヴァン・ショー」出演も果たした《ブルコメ》を率いた名ドラマー。60年余の音楽活動を経て、2020年の春の日、青い彗星がまた一つ、空へと去った。

9月にはザ・ゴールデン・カップスのマモル・マヌーさん、そしてルイズルイス・加部さんが相次いでこの世を去った。番組でご紹介したのはマモル・マヌー2枚目のシングル「ガラスの部屋」(日本語詞:片桐和子)。世代を超えて知られるイタリアンポップスの日本語詞カヴァー。カップス脱退後、作曲家・鈴木邦彦のもと歌唱力を更に磨いた彼の名唱をお聴きいただいた。尚マモルさんは、1972~3年にザ・ベンチャーズの楽曲を5曲レコーディングしている。そのエピソードを詳しく伺う前に見送ることとなった後悔は尽きない。


※番組註:当回放送翌週の2021年3月10日に、「二人だけの渚」をご紹介したザ・ジャガーズのキーボード奏者佐藤安治さんが逝去されました。解散後は実業と並行して地域に根差した音楽活動を続け、GSファンとの交流も長く続いていたと伺いました。先に逝去された岡本信さん、宮ユキオさん、宮﨑こういちさんと共に、心よりご冥福をお祈りいたします。



【使用楽曲】

♪抱きしめたい(スリー・ファンキーズ)

♪ガール(ジャッキー吉川とブルー・コメッツ)

♪二人だけの渚(ザ・ジャガーズ)

♪ガラスの部屋(マモル・マヌー)



島敏光さん・新番組 名曲アイランド  (制作・有限会社グリーンフィールド)






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